天空の階段 コーラルリーフ


「うわー、綺麗。エメラルドグリーンの海っていうけど、ホントにそうなんだ。島が首

飾りみたい。」智奈が叫ぶ。

 足下に広がる深く蒼い海の中に、無数の礁湖が浮かんでいる。白い砂浜が眩し

い。ここはインド洋の宝石箱セイシェル諸島。

「気に入った? さあ、用意が出来たみたいだ。」

  階段を下り、係員が開けてくれたハッチに入り、更にハシゴを降りる。いきなり

強い風が身体を叩く。見渡す限り青い海。そして下には何故か広場がある。璃紗

は、私に手を引かれ、智奈は自分でひょいと飛び降りる。3人は柔らかな場所に

投げ出される。

「これ、何?少しふわふわしてるけど、それに怖い。廻りに手すりも何も無いじゃな

い。」と璃紗。

「あはは、まるでトランポリンじゃん。」智奈は飛び跳ね走り回る。

「驚いた?これ、空飛ぶ絨毯。ホントに飛べるんだ。薄膜の中に水素が詰めてあっ

て浮いてる。」

「でも、随分広いのね。」と智奈。一辺が100m近くある。

「ああ、魔法じゃないのでね、数人乗るにはこれぐらいの広さがいるんだ。」

 係留索が外され、絨毯は空にほんわりと浮かび、飛行船アザーンからゆっくりと

離れる。

「うわー、ホントに浮いてる・・・・」と智奈。

 飛行船は大きく舵を切ってだんだん離れていく。

「ところで、戻れるの?」と璃紗。

「乗っても無茶にへこまないだろ。アクテイブに形を変えて支えてるんだ。進むとき

はその仕組みで絨毯全体を波打たせて推力を得てる。ちゃんと戻れるってば。」

「ふーん、でもどうやって操縦してるの?」と智奈。

「それは、内緒。さあ、進もうか。」私は優しく絨毯を撫でながら呟く。

 絨毯はゆったりと波打ちながら進み始める。

「あは、ほんとに飛ぶんだ。」と智奈。

「嬉しい?」

「もちろん。・・・・・・あ、お約束ね・・・」と璃紗。

 璃紗は、にっこりと微笑み、ブラウスのボタンを外す。白い胸があらわれる。続い

てスカートを落とす。パンティは付けていない。陰毛もないむき出しの股間が露に

なる。智奈もまた、璃紗のハミングのBGMで笑いながら長めのTシャツに手を掛

けストリップを始める。やはりノーパンの腰が露わになり、もう見慣れた少し外を向

いた乳首が楽しげに揺れる。こちらを向くとデルタの濃い陰りが目に入る。

 絨毯は、海面すれすれにその後半分を緩やかに波打たせながら飛ぶ。エメラル

ドの海が美しい。

「さあ、この辺で潜ろうか。これを付けて。」

 シュノーケル、マスク、フィンを手渡す。海面すれすれまで降下し、3人は静かに

海に入る。水中にはどこまでもどこまでも一面に白い枝珊瑚が広がる。魚影はほ

とんどない。

 「ねえ、どこまで行くの。」と智奈。

 「うん、ちょっと降りる場所を間違えたかな。」

 ぼりぼりと折れる堅い珊瑚の浅瀬の上で一休みする。大潮で大きく潮が引いて

いるようだ。

「なんか違うわ、昔テレビで見た珊瑚の海じゃない。なんとなく殺風景で。」と璃紗。

「そう、これは珊瑚礁の墓場。白いのは死んで白化した珊瑚礁の亡骸。海水温上

昇と海面上昇による水深増で死んでいくんだ。珊瑚は最大の二酸化炭素吸収源

だった。あの白い骨格を作り続け、最後には石灰岩になって二酸化炭素を固定し

てたのにね。でも、そろそろこの先にまだ生きてる珊瑚が残ってたと思う。だから、

これ。ちょっと不細工だけど・・・」

「えー、何これ、軍手?それに穴の開いた地下足袋じゃない。」

智奈は笑い転げる。

 「美人には似合わないか、でも、フィンはつま先が長すぎて歩きにくいし、引き潮

時の珊瑚礁ではこれが一番なんだ。あ、穴が開いてるのは、ボロだからじゃなくて、

水抜き用。軍手は手をサンゴで切らないように。」

「あ、ほんと歩きやすい。」と智奈。

  裸の体に穴あき地下足袋と軍手を付け、いらなくなったフィンを浮かんでる絨毯

の上にほうりあげる。

「さて、そろそろかな。」

 ちらほらと色がついた生きた珊瑚が目に入り始める。

 突然、大きな塊がやってきて、3人にぶつかる。璃紗は、息を呑むが、それは無

数の小さな魚達。取り囲むようにグルグルまわり、あっという間にまた塊になって

どっかへ行ってしまう。

  「うわーすごい、さっきの何?」海面に首を出した智奈が尋ねる。

  「イ・ワ・シ」

  「え、イワシ? 軍手に地下足袋穿いて、七輪でイワシの干物でも焼こうか。」

智奈は二人を笑わせる。

 「あれが、干物になる前のイワシ。結構すごいだろ。イワシは世界中にいるんだ。

ここからも随分日本へ輸出されてる。あれはトウゴロイワシ。群全体が一匹の大き

な魚に見えるだろう、ああして、大きな魚から身を守ってるんだ。さあ、もう少し先

へ行こうか。」

 3人は時々浅瀬に立って一休みしながら、マスクで海中を眺めながらゆったりと

波間を漂う。珊瑚は彩りを取り戻す次第に魚影が濃くなる。わたしはゆっくりと璃

紗の手を引いて泳ぐ。智奈は勝手にどんどん先へ行ってしまう。マスク越しの水の

中で智奈の豊かなヒップの間に濃い陰毛が揺れる。

 色とりどりの魚達が目の前を次々に横切る。輝くような鮮やかな青はデバスズメ

ダイ、黒白縞模様はフタスジスズメダイ、黒と黄色の鮮やかな縞の胴体に長い背

鰭が美しいのはツノダシ。

 更に沖に行く。波は静か。突然璃紗は止まる。

「ねえ、底がない。深いわ。わたし怖い。」

 それは島を取り巻く珊瑚礁の端。リーフが切れて海へ落ち込んでいく場所。浅い

サンゴの海と深いインド洋の境目。

「大丈夫、もともと浮かんでるんだから、どんなに深くても同じだよ。さあ、行こう。」

 わたしは璃紗の手をとって、深いドロップアウトの上を泳ぐ。無数の、今度は遥か

に大きな魚達の群があちらにも、こちらにも。

 サンゴもそれまでの枝状のものではなく、広い扇を広げたような勇壮なテーブル

サンゴ。蒼い。本当に蒼い海が眼下に広がる。

「うわー。感動!!サンゴの海ってホントに綺麗なんだ。」

 一人で随分泳ぎ回った智奈は大満足。3人で浜辺に上がり、泳ぎ疲れた体を休

める。

「誰かこないかしら。」と璃紗。

「そんなこと、気にする人だっけ?」と智奈が笑う。

「まあ、誰も来ないよ。無人島だから。」

 璃紗は無造作に足を開き、仰向けに寝転がる。

「すごい眺めね、」智奈はふざけて璃紗の股間を覗き込む。

「水着の跡、出来っこないわね。」璃紗も笑って、更に大きく足を広げる。

「ねえ、葉っぱの茂った木、少ないね。木陰でお昼寝したいのに。枯れてるのが多

い。どうしてだろ。」璃紗はつぶやく。

 しばらく探してようやく見つけた木陰でそのまま暫く昼寝する。

「さあ、そろそろお腹も空いたし帰ろうか。」

「そうね、」

 絨毯はゆっくりと高度を上げ、島の上を飛び越える。

「あ、小屋がある。もう、嘘つき!!また見せようと思ったんでしょう。わたし達の 

ハ・ダ・カ!!」と璃紗。

「そんなことないよ、ここは最近無人島になったんだ。あの小屋にはもうだれも住ん

でないさ。」

 美しい島々が、次々に眼下を通り過ぎていく。突然、海岸をコンクリートで固めた

異様な島が目に入る。規則正しく同じ形の小さな家がその不定型なコンクリートの

枠の中に無数に並んでいる。

「ねえ、ひどーい。なんであんなことしちゃうんだろう。せっかく綺麗な島なのに。」

智奈がつぶやく。

「・・・・・・」

「こんなとこまで開発しなくてもいいのにね。それに、何あの殺風景な家。個性もセ

ンスもゼロね。」と智奈。

「あれは、違うんだ。開発じゃない。」

「え?」

「さっき、昼寝しようとして、海岸に意外に木が少ないのに気付いたろう。」

「ええ、枯れてたり、折れてたり。でも、それって、潮風かなんかのせいでしょ。」

智奈が答える。

「そう、潮風。波が立つときに、波の先端が風に吹かれて散ってしまって、風に塩

が混じる。確かにそのせいなんだけど、それが段々きつくなってね。波も高くなった。

昔だったら何不自由なく住めた島も、ちょっとした台風の高潮で波に洗われたりす

る。それで住めなくなった人達をさっきの堤防で囲まれた村に移住させたんだ。」

「あ、さっきの島が無人になったっていうのもそのせいね。どうして、こんなことにな

ったのかな。あ、海面上昇か。」智奈が気付く。

「そう、海面が確実に上がってきてる。もともと堤防に囲まれた工業国の大都市で

は少し堤防を嵩上げするだけで、あとは浜辺がなくなるぐらいで特に影響もないん

だけど、堤防も何もない、おまけに海面すれすれの海抜しかないこの島では、わ

ずか でも大問題なわけ。」

「・・・・・・・」                      

 「さっき見た綺麗な珊瑚礁の海も、もう多分あれがこのあたりでは最後かな。他

にはどこにも残っていない。」

「やっぱり、私たちは滅ぶのね。」璃紗の目は水平線の向こう、次第に大きくなっ

てくるアザーンをうつろに見つけめていた。

 

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