天空の階段 ミコノスナイト 

 

 

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 鳴り響く教会の鐘に璃紗は目を覚ます。続いてもう一つ別の教会の鐘が聞こえ

てくる。更に別の鐘の音が更に和音を重ねる。

 「驚いた?夕刻を知らせるギリシア正教の教会の鐘の音。」

 「随分寝たと思ったけど、もう夕方なのね。・・・次々鳴るのね。この鐘。綺麗な音。」

 「この島の教会は234あるって。」

 「皆信心深いのね。」

 私は静かに窓際のロープを引く。栗色のカーテンがゆっくりと開く。

 部屋のまわり、海を見下ろす270度の窓から壮大な風景が拡がる。

 赤くそまりかけたエーゲの空と海。

 

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ミコノスの島に横から差し込む陽の光は柔らかく、濃い陰影を街の中に描いてい

る、眩しい程白かった家々は淡い炎に燃え、その色合いは刻一刻と度合いを深い

ものへと変えていく。

 大きな太陽がゆっくりとエーゲ海の彼方に沈む。

 雲と波が抱き合いチークを踊り、風がノクターンを口ずさむ。

 二人はじっと夕日を見つめる。

 そしてまたお互いを見つめ合う。

 沈み行く太陽の茜色の光は部屋にも射し込む。その光は二人の顔に影をつけ

て彫り深く浮き出させる。影は次第に拡がり、間もなく闇がやってくる。

 薄暗がりの中で寄り添う二人。

 いつの間にか小さな明かりが街のそこここに灯り始める。最初は数えられるほ

どだった数は少しづつ増え、間もなく星のように街を覆い始める。

 光の世界はゆっくりと闇の世界へと姿を変える。ひとつの太陽が支配していた

青と白の単純な色合いは、人間が灯した無数の様々な色の光が彩るカオスへと

変化する。瞬ききらめき街を飾り照らす光と影。ミコノスの夜景。

 璃紗は私にもたれかかる。

 私の手は璃紗のダークブラウンの髪を静かに愛撫する。

 

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 「街に出てみようか。賑やかだよ。」

  昼間は決して聞こえなかったざわめきがさわさわと聞こえる。

 人の声、音楽、売り込みの呼び声が重なり合っている。

 「でも、服がないわ。」

 「クローゼット見てご覧。」私が笑って言う。

 クローゼットには昼間脱いだ二人の服が綺麗にクリーニングされて掛けてあった。

引き出しには下着も畳んでしまわれている。

 

 璃紗はバスローブを脱いで黒い下着を付け始める。

 私は璃紗の着替えをしっかり見ている。

 「もう、そんなにじっと見ないでよ。・・・・

 ・・・・あ、あなたの目、なんか言ってる。」

 「あ、わかる? 下着、やめたら。ノーパンノーブラなんてどう?」

 「えー、いやよ。・・・ううん、仕方ないわね。」

 璃紗は、着かけていたブラを外し、パンティもとってワンピースを着る。

 布地に直接擦れる乳首が、微かに胸に二つの突起を透けさせている。

 

 二人はホテルを出る。

 突然、二人を包むのは、喧噪の渦。「うわー、何?これ?」璃紗は驚きの声をあ

げる。昼間歩いた閑散とした小道は、ぎっしりと人の波。窓という窓には色とりどり

の飾り電球が瞬き、狭い小道の両側にはずらりと夜店の列。全ての家々が昼間

は固く閉ざされていた玄関の厚い扉を夜の心地よい風に向けて広く開け放ち、な

にがしかの店を営んでいる。

 様々な小物の並ぶ土産物屋、大胆なリゾートウエアが吊されたブテイック、ネオ

ンが瞬く居酒屋、そこだけ薄暗く静かな落ち着いたレストラン、大きな緑色の十字

が輝いているのは薬局、輝く巨大な宝石を整然と積み上げたような果物屋、様々

な色の帯がはためく布地屋、背丈の倍はある巨大な3Dの色見本のような店は

毛糸屋。肉の焼けるいい匂いを漂わせるシシカバブの店。そこだけゴージャスで

艶やかななのはランジエリーショップ。右へ行こうか、左へ行こうか、どちらへもど

こまでも賑やかな路地が続く。二人にはもうどこを歩いてきたのか、どこにいるの

かわからない。ミコノスナイト。本当にラビリンス。

 それにしてもなんという混沌とした街なのだろう。父親がビデオカメラをまわし、

二人の子ども達がポーズをとっているのを傍らで母親がにこやかに見守ってる。

絵に描いたような明るい家族連れはアメリカ人?ゆっくりゆっくりと歩く老夫婦。連

れている犬はなんどもなんども往来を行ったり来たりして困った顔。

 ディスコから漏れる音楽は力強いリズムを刻む。ビートに誘われるように数人の

若者が手足でリズムを取りながら店に吸い込まれていく。

 いかにも怪しげな客引きが、「トーキョー、オサカ、ヤスイネ、ヤスイネ、ロブスター、

シエンエン、ヤスイネー。」とギリシアなまりのいい加減な日本語で二人に呼びか

ける。店先には砕いた氷の上に乗せた大きなロブスターが飾ってある。

「何、あれ、安くない?」

「だめだめ、日本人相手のぼったくりレストランだってば。一匹千円って言って店に

呼び込んで、実は100g千円だったとか何とか言ったり、勝手にどっさり皿を出して

ぼったくるって話し。文句言うとこわい兄さんがいつの間にか現れて・・」

 シシカバブ屋は大きな脂ののった旨そうな羊肉の固まりを直立した太い軸に刺

してゆっくりあぶっている。その肉を眺めているのは揃ってでっぷりと肉付きのい

いイタリアのおばさんグループ。

 ギリシア風の皿や壺が並ぶ店では、ほっそりとしたアラブ系の彼と大きなシル

バーのイヤリングをつけた黒人の彼女が絵皿を見比べている。

 ギリシアの少年は絵はがきを売り込みに蜂のように快活に飛び回る。

「1ユーロで3枚!1ユーロで3枚!」

 引きも切らぬ人混みの中の咽せるような熱気。

 

 賑やかな小道をさまよい続けた二人は、いつの間にかそこだけ人気の少ない路

地に迷い込んでいた。少し歩くと暗い道の向こうが小さな裸電球で照らされ、場違

いなほど大きくおまけにひどく割れたひどい音楽が聞こえてくる。

 路地の石畳に座ったギリシア人のおじさんが大きなラジカセをガンガン鳴らし、

その前で紙か薄いプラスチック製のような人形が音楽に合わせて踊っている。お

じさんが音を止めると、人形もうなだれて地面に折り畳まれるようにへたりこむ。

音楽がスタートすると、人形は立ち上がり踊り始める。静かな曲でゆったりと、激

しい曲では元気良く踊る。

 おじさんは璃紗の方を向いてやってごらん、というふうに、ラジカセのボタンを指

さす。璃紗がラジカセを止めるとやはり人形は止まる。プレイボタンを押すと人形

は踊り始める。璃紗はじっと人形を見つめてながら、繰りかえしやってみるが、何

回やっても人形は音楽を鳴らしている間だけラジカセの前で踊る。

「操り人形じゃない?」私は手を人形の上にかざす。

 人形は少し傾くが踊り続けている。

「え、うそ、不思議ねえ。どういう仕掛けなのかしら。」

「そうだね、どうなってるんだろう。」と私。

「4ユーロ、たった4ユーロ。安いよ。」たどたどしい英語でおじさん

は売り込みを始める。

「欲しいな」と璃紗。

「 ακριβα アクリヴァー(高い)」

 私はそう言ってから指を2本立てる。

 おじさんは首を振った後、指を3本立ててにやりと笑う。

 私もにやりと笑い交渉成立。

 おじさんは何度も

「Еυχαριστω エファリストー(ありがとう)」

をくり返し、璃紗は3ユーロで人形を手に入れた。

「ねえ試してみようよ。」

 璃紗は歩きながら人形を箱から取り出す。なんの仕掛けもなさそうだ。人形には

何本かの細いナイロンの糸がついている。私はそれを見てもう笑い始めている。

 二人は小道を先へ進む。小さなレストランがあった。ちょうど大きな音で音楽を鳴

らしている。璃紗は店先のスピーカーの前に人形を指で吊す。何も起こらない。今

度は何とか人形を立ててみようとする。当然薄い紙の人形は立たない。

「貸してみて」私は璃紗から人形を受け取る。

「よーく人形、見ていて。」

 突然人形がたどたどしく踊り出す。

「・・・え、どうして・・あ、手で動かしてる。」璃紗もすぐ気付く。

「客が人形を見てる間、ナイロン糸を手で持って操ってたんだね。」

「でも手かざしても止まらなかったけど。」

「そこが500円分、おじさんの手品代ってことだろう。見事な腕だったんだ。」

「もう、人の良さそうな顔して、ただの紙の操り人形が500円!」

 私が人形にお辞儀をさせ・・

「 Мε συνχωρειτε メ・シンホリーテ」(ごめんなさい。) 

 二人は笑い転げる。

 

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 二人はまた路地に戻る。さっき通ったディスコの音楽はムーディーなチーク系に

変わっている。何かいかがわしげな店の前ではスーツ姿の客引きが道行く男性

に声をかける。果物屋は商品を段ボールに戻し、店を畳み始めている。人通りは

あいかわらず賑やかだが、家族連れはもういない。

 これ以上密着できない程べったりとひっついて歩きにくそうに歩くカップルは二

人とも若い金髪女性でフランス語で愛を語り合っている。ロングヘアの目の覚める

ような美形の彼は、逞しい腕の水夫風の男と手を繋いでいる。白いフォーマルドレ

スの彼女は路地の影で彼と抱き合ったまま動かない。幅の狭いチューブブラから

惜しげもなく大きな胸の膨らみをのぞかせてやってきたギリシア娘は、明るく呼び

かける寂しい男たちを笑って無視し、ミニスカートからはみ出そうな大きな腰を振っ

て歩き去る。

 賑やかな通りの一角に鮮やかな服がずらりと並べられている。

 璃紗は足を止める。

 他の小さな店と違い大変な品揃え。デザインはどれも驚くほど大胆だが物はと

ても良さそうだ。なぜこんなものがここに並んでいるのかは分からないが、ミラノか

どこかのショウで使った物か、デザイナーが自分で造ったものの気に入らず、表に

出ずに処分された試作品が流れてきたものだろう。

「わー、素敵。」

 彼女が手に取ったのは、白とも青ともつかぬ微妙なグラデュエーションのシルク

の上品なキャミソールドレス。

「璃紗、似合うよ、・・・・・・・・でもサイズ合うかな?」

 私は悪戯っぽく微笑む。

 璃紗はその意味を理解する。

「えーっ! 何考えてるのよ。そんなこと出来るわけないじゃない。」

「ここではなんでもできるって。」

 

「わかったわ。。もう、無抵抗な乙女に何させるのよ。ちょっと、せめてそこに立って

影になっててよ。」

 璃紗は自分と通りの間に私を立たせ、ワンピースのボタンに手をかける。ひとつ、

二つ、三つ。ボタンが外されていく。胸がはだけ、乳房の膨らみがのぞく。璃紗は

その場で一枚きりのワンピースを思い切りよく脱いでしまう。この街角で全裸。喧

噪の中、気づいたのは数人の男性から一瞬視線が集まるが、彼らはニヤリと微笑

んだだけで、何もなかったように通り過ぎていく。

 「うわ、ホントに脱いじゃった。」

 「だって、そうして欲しかったんでしょう。」璃紗は白い胸を隠そうともせず胸を張っ

て微笑む。二つの乳首は固く立って、路地の間の狭い夜空を眺めている。

 璃紗はその場でドレスを着る。前後には深いスリットが入っている上、背中は大

きく広く切り込んである。大胆なデザインだが、その色合いにも生地にも気品がた

だよう。

「どう、似合う?、上は何はおろうかな。」

「似合うね、本当に。それだけでいいじゃない?」

「えーっ、冗談、完全にすけてるじゃない。それに何、このスリット、あそこ、見えち

ゃうわ。」

 限りなく薄い絹の布地は肌を隠すためのものではなく、セクシーに体の線を浮き

だたせるためのものであり、乳房の膨らみも乳首も黒い茂みもはっきりと透けてい

る。歩くたびに深いスリットから太股のほとんど全てまで露出する。

 抗議する璃紗は、それでもなんとか笑ってる。私は一部始終をじっと見て固まっ

てるお兄さんにお金を払い、今まで着ていたワンピースを袋に入れて貰い歩き始

める。

 スリットから白い足を剥き出しにして、璃紗はわざと大股で歩き始め、私を追い

越す。深い後ろのスリットからは一歩ごとにお尻がのぞいてしまう。

「ねえ、せくしー?」璃紗が振り向く。

「もう、鼻血出そう!」と私が笑う。

 

 路地を抜け広い空間に出る。潮の香りが漂う。港だ。すぐ近くで大きな汽笛の音。

帆を休めたヨットのメインロープが風に吹かれてマストを叩く。桟橋に並べて繋が

れた漁船が波に揺れお互いぶつかってごとごとといっている。

小さな桟橋を照らすのは暗く黄色い街灯。

  桟橋沿いに並んだベンチに二人で座る。

 目の前の入り江のさざ波は、沖に停泊している豪華なクルーズ船のこれでもか

という目映い電飾を反射してキラキラと輝き、あたり一面一等星の絨毯のようだ。

光の絨毯はゆるやかにうねりぶつかり寄せては引いていく。輝く波は無数のトラ

イアングルの響きのような光の和音を奏でる。微かに聞こえてくるさっきの路地の

喧噪と優しい波の音が二人を包む。

 璃紗は私の手を握る。私は握りかえす。指が指と絡んで遊ぶ。

二人は見つめ合い微笑む。

「時間が止まればいいね。今、ここで。」璃紗が呟く。

 私は答えず、璃紗を強く抱きしめ、唇を寄せる。

 触れ合う二人の唇。

 絡み合う舌。相手を強く抱こうとして絡み合う腕。

 長い長いキスと抱擁が、確かに二人の時間を止める。

 

 

 

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